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March 29, 2010

*風邪抜けず 寒すぎる

結局10日ほど本調子じゃないまま過ごしております。
なんなのもー。
数日、のどが腫れて、声も出なくて、だるくて、でも熱はなし…てのを越えて
今はほぼ治りかけだと思うんだけど。
ハナミズと、端野から無籍
…ひどい変換された。
まあ字面はこちらの方がいいのでそのままで。いやそれが治まらず。
かなり睡眠とって休んだのだけどな。栄養とって。
後はもう何をしたら治るんだかわからん。
とりあえず休養と栄養。花冷えに負けない防寒対策を。

なんの実りもないblog。
絵も使い回しです。ねこむねこ。
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March 28, 2010

*オプティミスト

楽観主義なのは昔からで、これはもうそういう性格、生まれつき、という自覚。
何とかなるし、何とかするさ、という。
何ともならないことがあることにも、この歳になれば気づいてはおりますが。

先日友人と話していて、この性格と自分の思考の方向について気づいたことがひとつ。
何とかなるし、何とかする、というのは、やってみなければわからない、という考え方とも繋がっているのだけれど、元を辿ると、世の中にはまだまだ私の知らないことがたくさんある…、つまり私は知らないけれど、もしかすると全人類もまだ知らないけれど、その解決策だとか解答はあるかもしれないじゃないか?というのが、原点なのかもしれない、と。
学者の端くれとして、知らないことを知りたいという欲はもちろん強くて、
同時に知らないことがたくさんあるという自覚もあって、
結論なんか、そう簡単に出るわけないじゃないか、という考え方。

…何の話かと言うと、友人とは、子供をつくるつくらない、という話をしていたのだった。
そして昨夜は、かわいいかわいい姪っ子にあって、めろめろになっていたのだった。
更に今日、大切な友人に、新しい命の芽生えについての連絡をもらったのだった(おめでとう!)。

結婚もしていない身で子供が欲しい欲しくないとまで考えていないけれど、
今の世界を悲観して子孫を残さない、というのは考え方のひとつだと思うけれど、
まあ、そんなに結論を急がなくてもいいんじゃないかな、と。
科学の進歩で、わかることも予想出来ることもそりゃ増えたけれども。
自覚的に生きることは前提としてあるけれど、何が起こるかなんてわからないのだから、全部を否定するのは勿体ない話だと思うし、姪を見てると、やっぱり人生楽しんで欲しいし、それは可能だと思えてくる。
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March 25, 2010

*卒業。

気が付けば先週卒業式も終わりました。
たくさんの言葉と涙と花束とプレゼント。
帰りかけたところを引き戻され、隣人同僚と学生らと朝まで…。
おかげで体調不良を今に至るまで引きずっていますが、
いい思い出にはなった。
皆さん、卒業・修了おめでとうございます。

卒業式とは関係なかったけれど、
ここ1年通っていた英会話学校も実はその日がラストだった。
特に資格取得も目指しておらず、とにかく喋れなかったので、
ナントカ初歩レベルまで…と取り組んで。
(そのせいもあっての私にしては珍しい不言実行ぽさ)
苦手意識ばかり先行していたのは解消されただろうか。
教育訓練給付制度というのを使わせていただきました。手続きこれからだけど。
でもまあしかし。止めてしまったらすぐ逆戻りは見えている。
引き続きどうするかは暫く悩む。
一度も受けたことのないTOEICくらい受けてみるかしら…
今は台湾にはまった勢いで中国語をやってみたい気もある浮気性。
読むのだけは独学で何とかなってきたけれど、まったく音がわからない。

写真はひきつづき台湾の金門島。
北東の方にある民俗文化村でのもの。
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March 12, 2010

*3月は「去る」

すっかり間が空いているその間に
台湾駆け足出張なんぞ行ってまいりました。

写真は金門島の珠山。
多くの集落で伝統的家屋が整備され印象的な島でした。
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ちょうど高雄での地震もありましたが
特に影響なく無事に過ごすことが出来ました。

出張成果も精算もまとめられないままに
締切を延ばしていただいた「2月まで」だった仕事を片付け、
(…実はまだ片付き切っていませんが)
追われてるうちに行って、逃げて、去る年月。

…追われていますが、早めに手配しておいてよかったイベントには出掛けました。
おとといは高橋マキさんカヒミ・カリイさんのトークショー。
春の嵐の晩の丸の内。
ほっこり女子トークに京都素敵情報満載で、とても楽しかったですよ。

昨夜は去りゆく同僚ふたりの送別会。
この2年3年のつきあいですが、特におととしは三人でやらねばならぬ初めての仕事が大量にあって、彼らは嫌々だったかもしれないけれど、やむを得ない二人三脚、三人四脚をいっぱいしたのでした。たくさん助けてもらいました。ありがとう。
ふたりがいなくなるのは本当に寂しいけれどしょうがない。そして私も惜しまれつつちゃんと去る人にならねばならない期限付きの身。がんばりましょう。